高エネルギー加速器研究機構(KEK),基礎科学研究院(Institute for Basic Science,IBS),韓国科学技術院(KAIST),理化学研究所(理研),高輝度光科学研究センター(JASRI)は,X線自由電子レーザ(XFEL)施設「SACLA」を用いて,ピコ秒以下の間に進行する化学結合形成に伴った分子の生成過程を直接観測することに成功した(ニュースリリース)。
原子同士が結合して新しい分子が生まれる瞬間を実際に見るために,研究グループは水に溶けた金イオンに光を当てると強い結合が生まれる過程に注目した。溶液中の金―金イオン間には,金イオン同士の親和性によって,ゆるい引力が生じている。特定の金錯体ではこの性質により分子同士が集合した状態が生じている。
この集合体に光をあてると分子同士が結合し,複雑な構造変化を経て新しい分子が生成されることが予想されていた。しかし,分子同士に結合が生成されるのは一瞬であり,その後に起こる構造変化も非常に速く複雑なため,詳しいことは分かっていなかった。
研究では,原子サイズの波長をもつX線を用いX線溶液散乱という測定法により,光によって結合が形成される金イオン間の構造を原子レベルで精密に調べた。さらに,XFEL施設「SACLA」が供給する波長83ピコメートル,発光時間10フェムト秒程度のX線ストロボ光源を使うことにより,高速な反応中の一瞬の状態を切り取って観測した。
その結果,光をあてる前の金錯体の集合体は,金イオン同士が折れ曲がった構造を持ち,弱い引力のため集合体としての構造も不安定に揺れているが,光をあてた瞬間に金イオン間の距離は急激に縮まって強固な直線構造を取ることがわかった。この構造変化から金―金イオン間に化学結合が形成され新しい分子が誕生したことが分かる。
この後,この分子はピコ~ナノ秒の比較的遅い時間スケールにおいて,構造変化を伴いながら金錯体をもう一つ取り込み,さらに新しい分子へと変化する。この分子からの発光の色は金錯体を取り込む前と比べて大きく変化するため,発光材料や分子センサといった光機能材料としての利用も期待されているが,この機能性の出現は金イオンの数が増えた分子構造の変化に起因することもこの研究結果から理解できる。
研究グループは,光を当てた直後のピコ秒以内で起こる化学結合の形成過程についてはSACLAで測定を行ない,光機能性を持つピコ~ナノ秒スケールの過程については放射光施設(KEK PF-AR)のストロボX線を用いて測定を行なった。
今回の研究では,新しい分子が生まれる瞬間をX線で捉えることに初めて成功した。また,光によって引き起こされる,超高速な化学反応に関する詳細な知見を得ることにも成功している。
植物の光合成反応を模倣して光エネルギーを化学エネルギーに変換する人工光合成技術では「光の捕集」・「原子間のエネルギー伝搬」・「触媒部位における化学エネルギーへの変換」が重要な開発要素となっている。人工光合成の実用化のためには,結合状態や分子構造が変化する光励起直後の高エネルギー状態においてこれらの要素を高効率に駆動させる必要がある。
今回開発された分子動画撮影法は,光エネルギー変換過程を構造的な面から原子レベルで詳細に追跡することが可能なため,人工光合成の技術開発において基盤的観測技術となる手法。研究グループでは高効率な人工光合成システムの開発に向けて,その設計指針を与えるために分子動画撮影法を駆使して今後も研究を続けていくとしている。
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